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共謀罪を含む改悪組織犯罪処罰法は
【「共謀罪」法 衆参両院議員の投票行動(東京新聞 2017/6/16)】

過労自殺の労災:中部電力

『下級裁判例 名古屋地方裁判所 事件番号「平成15(行ウ)18」平成18年05月17日判決』を読んで

 平成13年06月18日の名古屋地裁判決(事件番号「平成7(行ウ)11」)と、控訴審である平成15年07月08日の名古屋高裁判決(事件番号「平成13(行コ)28」)の続きのような裁判である。平成15年07月08日の名古屋高裁判決(平成13年06月18日の名古屋地裁判決)はトヨタ自動車で起こった過労自殺を巡って「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」の是非が争点になった裁判だった(参照)。平成18年05月17日の名古屋地裁判決は中部電力の従業員が妻の誕生日に焼身自殺したケース。やはり判断指針が争点になっているように感じた。

 さて、トヨタのケースでは名古屋地裁は業務上の心理的負荷の強度は『同種労働者(職種,職場における地位や年齢,経験等が類似する者で,業務の軽減措置を受けることなく日常業務を遂行できる健康状態にある者)の中でその性格傾向が最も脆弱である者(ただし,同種労働者の性格傾向の多様さとして通常想定される範囲内の者)を基準とするのが相当』と判示した(参照)。これは裁判官は異なるが中部電力のケースでも同じだった。

 また,相当因果関係の判断基準である,社会通念上,当該精神疾患を発症させる一定以上の危険性の有無については,同種労働者(職種,職場における地位や年齢,経験等が類似する者で,業務の軽減措置を受けることなく日常業務を遂行できる健康状態にある者)の中でその性格傾向が最もぜい弱である者(ただし,同種労働者の性格傾向の多様さとして通常想定される範囲内の者)を基準とするのが相当である。
『事件番号「平成15(行ウ)18」名古屋地裁判決』

 厚労省の主張との違いは【過労自殺の労災:トヨタ−3】で図を使って解説した通りである。トヨタのケースでは名古屋高裁で判断指針が認められたと判断して厚労省は上告しなかった(参照)。裁判で労災が認められたのも判断指針に沿ったものと解釈したようである。中部電力のケースはトヨタのケースと少し異なる。最高裁まで進みそうである。

 そして,上記のAの性格,業務遂行能力,同人が置かれていた状況等に照らせば,Aは,同種労働者(職種,職場における地位や年齢,経験等が類似する者で,業務の軽減措置を受けることなく日常業務を遂行できる健康状態にある者)の中でその性格傾向が最もぜい弱である者(ただし,同種労働者の性格傾向の多様さとして通常想定される範囲内の者)に極めて近似する性格傾向を有する者であったということができる。
『事件番号「平成15(行ウ)18」名古屋地裁判決』

 私の判断で一部を強調表示した。【過労自殺の労災:トヨタ−3】の「図5 亡P1のケース(地裁モデル)」よりもさらに右下の状態での労災認定である。Aさんは一般人では発症しないストレスでも発症するが、『同種労働者の性格傾向の多様さとして通常想定される範囲内の者』だから労災を認めるという判断である。厚労省が主張する「図3 一般人を基準とする労災認定モデル」(【過労自殺の労災:トヨタ−3】)のような判断指針では労災が認められないことを暗に示している。同種労働者の性格傾向の多様さとして通常想定される範囲内で最も脆弱な労働者に対する安全配慮義務については電通事件の最高裁判決で示されたが(参照)、労災認定でも同じように考えるべきか否かが最高裁で示されるかもしれない。ただし、名古屋高裁で厚労省の判断指針を認めつつ労災を認定するような判決になると、トヨタのケースと同様に高裁で止まってしまうだろう。遺族としてはその方が良いのかもしれないが厚労省の判断指針を否定してほしい弁護団は満足しないかもしれない。

追記(2008/2/17):
 名古屋高裁の判決『事件番号「平成18(行コ)22」平成19年10月31日判決』でも原告が勝訴し、被告が上告しなかったため、労災認定が確定したらしい。
 名古屋高裁は『厚労省の判断指針を認めつつ労災を認定するような判決』だった。
 地裁のように『性格傾向が最もぜい弱である者に極めて近似する性格傾向を有する者であった』という判示はなく、『性格,能力共に,一般的平均的労働者の範囲内の性格傾向や個体差に過ぎない』『上記のぜい弱性も,一般的平均的労働者の範囲を出るものとまでは認めることができない』などと述べ、昇格や上司である課長のパワー・ハラスメントや担当業務の心理的負荷の強さを基に『業務等による心理的負荷は,一般的平均的労働者に対し,社会通念上,うつ病を発生させるに足りる危険性を有するものであったと認められるから,Aのうつ病の発症は,業務に内在する危険性が現実化したものということができ,業務とAのうつ病の発症との間には相当因果関係が認められる。』ということで労災を認めた。
 また、以下で私が気にしている「増悪」については、控訴人(行政側)が補足的主張で『基本的に,疾病発症後の増悪は,本来,労災保険の対象範囲に含めることができない。』と述べたが、名古屋高裁は『Aのうつ病発症に業務起因性が認められるのであるから,控訴人の主張は前提を欠き,失当である。』として全く判断しなかった。

 ところで、中部電力のケースでは発病後の業務が症状を悪化させたか否かも争点になったようである。
 原告の主張は次の通りである。

(ウ) うつ病の増悪と判断指針
 判断指針の「第3 判断要件について」では,判断要件として(1)から(3)まで(前記争いのない事実等(8)イ(ウ)の①から③までに対応する。)が掲げられているが,(2)において「対象疾病の発症前おおむね6か月の間に,客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること」とされているのみで,発病後の心理的負荷については,検討の対象とはされていない
 このように,判断指針には,業務による心理的負荷とうつ病の増悪との因果関係についての判断基準が欠落している。
『事件番号「平成15(行ウ)18」名古屋地裁判決』

 判断指針では発病後に業務によって悪化しても業務起因性が認められず、労災認定に使えないということである。
 被告の主張は次の通りである。

エ うつ病の増悪について
 うつ病の増悪とは,うつ病発症後の病態の急激な増悪を意味し,うつ病発症後,更に明りょうな大きな心理的負荷が加わり,それと時間的関連をもって,明らかに通常の病状の経過の変動の幅を超える大きな症状の悪化があった場合に初めて認められ得るものである。しかるに,うつ病の自然経過については,もともと大小の変化を繰り返しながら悪化し又は回復していくものである上,個々の患者によって変動の幅や態様が相違するため,うつ病発症後の増悪についても,これらの点を考慮しながら,個々の患者ごとに医学的に検討した上で,明らかに通常予想され得る病状の経過の変動の幅を超えるような大きな症状の増悪があったか否かを判断することとなる。
 したがって,最新の精神医学の知見に照らしても,うつ病の増悪があったか否かについての一般的な判断基準を設定し,これによって判断することは困難であるといわざるを得ず,発症後に,明りょうかつ大きな心理的負荷が加わったと認められ,それと時間的関連をもって,明らかに通常の病状の経過の変動の幅を超える大きな症状の悪化があったか否かを,各患者ごとに個別に判断するほかない。
『事件番号「平成15(行ウ)18」名古屋地裁判決』

 要するに、うつ病は自然に良くなったり悪くなったりするもので、患者によっては自然に非常に悪くなる場合があるのだから、悪くなったからといって業務が原因だなんて主張するな、ということだろう。
 それに対する原告の主張は次の通りである。上の引用部分の続き。

 しかるに,被告は,業務による心理的負荷とうつ病の増悪との因果関係についての判断基準が欠如していること及びうつ病の増悪があったか否かについての一般的な判断基準を設定することが困難であることを認めながら,前記因果関係が認められるためには,①発病後に,明りょうかつ大きな心身の負荷が加わったと認められること,②それと時間的関連をもって,明らかに通常の病状の経過の変動の幅を超える大きな症状の悪化があったことを要するとしている。かかる厳格な基準では,業務とうつ病の増悪との因果関係の立証責任を負担する被災者にとっては,事実上不可能な立証を強いられることとなり,ごく例外的な場合を除いては,業務起因性が認められないという不当な結果となりかねない。
『事件番号「平成15(行ウ)18」名古屋地裁判決』

 発病の原因が業務にあることを証明するのは申請する被災者側にあるのだが、どんなに悪化しても自然に悪化したものとされてしまい、自然に悪化したものではないことを証明するのは困難だということだろう。
 これに対する名古屋地裁の判断は明確には示されていなかった。ただ、うつ病発症後の時間外労働に関する所で、次のように述べている。

既にうつ病を発症した者について,その症状を更に増悪させるような業務による心身的負荷があったか否かを判断するには,うつ病発症による能力低下等の事情も併せて総合的に検討する必要があるというべきであり,単純に,平成11年9月以降のAの長時間にわたる在社時間が,うつ病の原因ではなく結果であるとして,業務過重性と結びつけるべきではないとする被告の上記主張は,採用することができない。
『事件番号「平成15(行ウ)18」名古屋地裁判決』

 そして、上司のパワハラによる心理的負荷と合わせて次のように結論を出している。

 そして,うつ病を発症した同年9月以降も長時間にわたる時間外労働に従事し,さらに,結婚指輪に関するDの発言等によってうつ病を急激に増悪させた結果,Aは,うつ病による希死念慮の下,発作的に自殺したものというべきである。
『事件番号「平成15(行ウ)18」名古屋地裁判決』

 また、判決文には医師の意見の要旨が含まれているが、名古屋地裁が唯一採用したと思われる意見「(2) 庚医師の意見書(甲44)及び補充意見書(甲135)」には次のように書いてある。

 なお,うつ病の経過は多様で,右肩上がりの増悪を論ずるのは無意味であり,自然経過を超えた増悪という視点も意味がない。うつ病の症状がいかなる特徴をもって深まっていったのかを個別的に認定すれば十分である。
『事件番号「平成15(行ウ)18」名古屋地裁判決』

 まだ分かりにくい。
 と、ここまで書いてきて、さらに【事件番号「昭和59(オ)33」最高裁第一小法廷判決】【電通事件】を連想して考えていたら、ふと「何か変だな」という思いが生じた。なぜ増悪の業務起因性の認定が必要なのだろうか。発病で業務起因性が認められ労災と認定されれば増悪に関しての判断は必要ないような気がする。発病で業務起因性が認められない場合に増悪で業務起因性が認められれば労災認定するという流れだろうか。これはもしかしたら精神障害者の雇用を考える上で重要なことなのかもしれない。
 労災認定ではなく安全配慮義務違反による損害賠償請求の際には、いまのところ、精神障害者は『同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲』(電通事件の判決文より引用。以下同じ)に含まれていないが、使用者は当該労働者が精神障害者であることを認識しているのだから『その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができる』し、『各労働者がその従事すべき業務に適するか否かを判断して、その配置先、遂行すべき業務の内容等を定めるのであり、その際に、各労働者の性格をも考慮することができる』ということで、『裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因としてしんしゃくすることはできない』ということになるのだろう。精神障害者の症状が業務によって悪化した場合の労災認定はどのようになるのか。まだまだ勉強しなければ…。

追記(2007/7/11):
 発病後の業務によって症状が増悪した場合の労災認定について、日研化学での過労自殺に関する裁判(【事件番号「平成15(行ウ)37」】でさいたま地裁は次のように判示している。

 なお,その発病自体について業務起因性が認められない場合であっても,発病後に行われた業務が労働者に心理的負荷を与えるもので一定の危険性があり,既に発病していたうつ病が,上述のような他の要因をも総合的に考慮して,社会通念上,当該業務によって増悪したと認められる場合には,やはり業務起因性を認めることが相当と解される。
『事件番号「平成15(行ウ)37」さいたま地裁判決』
うつ病発病後の業務が労働者に心理的負荷を与えるものであって一定の危険性があり,これによってうつ病が悪化したと認められる場合には,業務とうつ病増悪に相当因果関係を認めることができるというべきである
『事件番号「平成15(行ウ)37」さいたま地裁判決』

 理由が分からないが、増悪分については業務起因性があって労災認定に考慮すべきということだろう。
 この判決では厚労省の判断指針を批判しているように読めるので被告は控訴していそうであるが、実際に控訴しているかどうかネットでは分からなかった。


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