国民審査で最高裁の裁判官にプレッシャーを
2009/8/30に衆院選があるが、その日は裁判所のトップ最高裁の裁判官の一部を国民が投票で罷免できる最高裁判所裁判官国民審査の日でもある。
日本国憲法第79条第2項及び第3項と最高裁判所裁判官国民審査法に基づいている制度である。最高裁の裁判官は、任命後初の衆議院議員総選挙の投票日に国民審査を受け、その後は審査から10年を経過した後に行われる総選挙時に再審査を受ける。
最高裁判所裁判官の運命がかかっている国民投票であるにもかかわらず、衆議院議員総選挙の陰に隠れて制度自体があまり浸透していない。
国民審査の実施方法などについては最高裁判所裁判官国民審査法で定められている。国民審査の投票用紙にはそのときに国民審査の対象となる裁判官の氏名が記されており、投票者は罷免すべきだと思った裁判官の氏名の上に×印を書き入れる。投票者の過半数が×印をつけ罷免を可とした裁判官が罷免される。×印以外の記号を投票用紙に書いた場合は無効となる。
「一票の格差」に対する判断(事件番号平成17(行ツ)247、平成18(行ツ)176)を審査の判断材料にするよう呼びかけている【一人一票実現国民会議】のようなサイトもあるが、判断材料はそれだけではない。
裁判所のサイトの判例検索システムで「全文」の所に裁判官名を記入して検索すると、その裁判官が参加した裁判を抽出できる。今回の国民審査の対象となる裁判官名を入力して抽出した結果を一覧表(最高裁判所裁判官国民審査用判例一覧)にしたので参考にして欲しい。
見ると、「一票の格差」に対する裁判(事件番号平成17(行ツ)247、平成18(行ツ)176)以外にも重要な裁判がいくつかある。私が独り言に記録した判決を古い順に見てみると、次のような裁判がある。
- NHK記者が民事裁判で取材源を明かさなかった問題
(事件番号「平成18(許)19」平成18年10月03日) - 県から委託を受けて少年を預かる民間児童養護施設で事故の賠償責任
(事件番号「平成17(受)2335」平成19年01月25日) - 東京都日野市立小学校の入学式で女性音楽教師が「君が代」のピアノ伴奏をしなかった問題
(事件番号「平成16(行ツ)328」平成19年02月27日) - 暴走族の集会などを規制した広島市条例を合憲とした判決
(事件番号「平成17(あ)1819」平成19年09月18日) - 広島無年金障害者訴訟
(事件番号「平成18(行ツ)227」平成19年10月09日) - 被爆者が国外に居住地を移した場合の健康管理手当等の受給権
(事件番号「平成17(受)1977」平成19年11月01日) - キャノンのプリンタのインクカートリッジのリサイクル品
(事件番号「平成18(受)826」平成19年11月08日) - 一審無罪のスイス人被告の再勾留を認める
(事件番号「平成19(し)369」平成19年12月13日) - 「シェーン」など昭和28年に公表された映画の著作権
(事件番号「平成19(受)1105」平成19年12月18日) - 取調警察官の備忘録は証拠開示命令の対象となり得る
(事件番号「平成19(し)424」平成19年12月25日) - 孫の貯金を未成年後見人の祖母が横領したケース
(事件番号「平成19(あ)1230」平成20年02月18日) - ロバート・メイプルソープの写真集「MAPPLETHORPE」はわいせつ表現物か
(事件番号「平成15(行ツ)157」平成20年02月19日) - 怖い先輩らの暴力を止められず、去った後に救急車も呼ばなかった事例
(事件番号「平成19(受)611」平成20年02月28日) - 住民基本台帳ネットワークシステムと憲法13条
(事件番号「平成19(オ)403」平成20年03月06日) - 人権擁護委員会の弁護士が依頼者以外の受刑者と接見するのを刑務所長が不許可
(事件番号「平成18(受)263」平成20年04月15日) - 国籍法3条1項の結婚要件は違憲。日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した後に父から認知された子について。
(事件番号「平成18(行ツ)135」平成20年06月04日、事件番号「平成19(行ツ)164」平成20年06月04日) - ヤミ金との違法な金利での契約では元金も返済不要
(事件番号「平成19(受)569」平成20年06月10日) - 「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」を取り上げたNHKの番組について
(事件番号「平成19(受)808」平成20年06月12日) - 警察官が捜査の過程で作成し保管するメモが証拠開示命令の対象となるか
(事件番号「平成20(し)159」平成20年06月25日) - 抗告審で事実誤認を理由に取り消されて差し戻された場合の受差戻審の家庭裁判所が検察官の申し出た証拠を取り調べなかった措置
(事件番号「平成20(し)147」平成20年07月11日) - ドコモへの108億円課税取り消し
(事件番号「平成18(行ヒ)234」平成20年09月16日) - 警察官が私費で購入したノートに記載し,一時期自宅に持ち帰っていた取調べメモについても証拠開示を命じた判断は是認できる
(事件番号「平成20(し)338」平成20年09月30日) - 交通事故の加害者が被害者に賠償すべき人的損害の額の算定において被害者が支払を受けた保険金の額の控除は違法
(事件番号「平成20(受)12」平成20年10月07日) - 催涙スプレー1本を専ら防御用として隠して携帯したことは軽犯罪法1条2号の「正当な理由」
(事件番号「平成20(あ)1518」平成21年03月26日) - 全身麻酔と局所麻酔の併用による手術中に麻酔による心停止が原因で患者が死亡したケース
(事件番号「平成19(受)783」平成21年03月27日) - 満員電車内での痴漢の立証
(事件番号「平成19(あ)1785」平成21年04月14日) - 和歌山カレー毒物混入事件
(事件番号「平成17(あ)1805」平成21年04月21日) - 26年後発覚の殺人事件での損害賠償請求権と民法724条後段の除斥期間
(事件番号「平成20(受)804」平成21年04月28日) - 公立小学校の教員が女子数人を蹴るなどの悪ふざけをした2年生の男子を追い掛けて捕まえ、胸元をつかんで壁に押し当て大声で叱った行為
(事件番号「平成20(受)981」平成21年04月28日)
これらの裁判で頷ける判決を出した裁判官を罷免したら今後は逆の判決になるかもしれないので罷免できない、と考える必要はないだろう。補足意見や反対意見のない判決では他の裁判官でも同じ判決になる確率が高いと思うので、罷免しても問題ないだろう。反対意見のある判決では、賛成意見の裁判官を罷免することで反対意見に同意する裁判官が就任して今後の裁判で判例が変わる可能性がある。国民審査の対象となる裁判官が関わった全ての裁判を判断材料にすると迷う場合は、反対意見のある判決を重視すると良いだろう。
さて、今回の国民審査の対象となっている裁判官に竹﨑博允さん(最高裁判所長官)が含まれている。平成20年11月25日に東京高裁長官から最高裁判事を経験せずに最高裁長官に就任した裁判官で、私が作った判例リストの中には2例しかない。竹﨑博允さんが長官になったのは裁判員制度の定着が目的と見られているらしい(共同通信、2008/10/28)。朝日新聞では『最高裁長官に竹崎氏 裁判員制度を推進 14人抜き』(2008/10/29)、『最高裁新長官 なぜ竹崎氏 裁判員制度見据え抜擢』(2008/11/26)、『死刑判断枠組み「検討必要」最高裁長官、裁判員運営に自信』(2009/5/3)という見出しだった。だから私は彼のことを裁判員制度に賛成で裁判員制度を擁護する立場だと思っていた。しかし、このエントリーを書くときに調べてみたら、「陪審制度に徹底して反対するリポートを書いた」「私は反対していた。しかし、制度ができた以上は良いものにしなければならない」ということらしい(【脱官僚か、プロの誇りか。裁判員制度の陰に、2人の最高裁長官の「思想的対立」があった】)。反対していたが、今は賛成らしい。「04年に法律が成立してしまうと、消極的な現場の説得にあたった」らしい。裁判員制度を利用して既存の司法の問題を改善しようとしているようにも見える。問題を解決したら「裁判員は要らない」と再び反対するのかもしれない。本音が見えない。
しかし、竹﨑博允さんが消極的な現場の説得に努力しなければ裁判員制度は施行延期になったかもしれない。裁判員制度をめぐる裁判ではどのように判断するだろうか。裁判員制度を擁護する判断に傾かないだろうか。
もしも竹﨑博允さんが裁判員制度を推進する立場だとしたら、あるいは裁判員制度を推進する立場だと国民や国会議員に思われているのなら、今度の国民審査で彼の名前の上に「×」が付けられた票が過半数を超えて彼が罷免されれば、国民が裁判員制度に反対していることを示す強力なメッセージになる。国会で裁判員制度の廃止が検討されるかもしれない。裁判員制度に反対している私にとっては、裁判員制度廃止に向かって動き出せば嬉しい。
竹﨑博允さんが心の底で裁判員制度が壊れることを願っているとしても、裁判員制度をめぐる裁判で竹﨑博允さんが意見を述べるのは大法廷だけのような気がする。大法廷まで進むことはほとんどなさそうなので、結局は今後も裁判員制度に「消極的な現場の説得」を続けて裁判員制度を維持し続けようとするだけだろう。裁判員制度の問題点を自分から指摘して改善を促すようなことはしないだろう。それならば、やはり国民審査で竹﨑博允さんに不信任票を投ずることで裁判員制度に反対する意思表示をした方が良いような気がする。
今度の国民審査はどのような結果になるだろうか。これまでは全く機能してなかったように見える最高裁判所裁判官国民審査。罷免される裁判官がいなくても良いから、多数の不信任票が投じられることを願いたい。罷免される可能性を意識するようになれば最高裁の裁判官も国民の声を無視しにくくなるだろう。最高裁の判例は高裁や地裁の判決にも影響する。国民の声が司法に反映される最善の手段だと思われる。
追記(2009/8/31):
「最高裁裁判官国民審査:9人全員が信任」(毎日新聞、2009/8/31)によると、全員が信任されたようです。
罷免要求票数(率%)は次の通りらしいです。
◆最高裁裁判官国民審査の結果◆
氏名(出身) 罷免要求票数(率%)
桜井龍子(行政官) 4656462(6.96)
竹内行夫(行政官) 4495571(6.72)
涌井紀夫(裁判官) 5176090(7.73)
田原睦夫(弁護士) 4364116(6.52)
金築誠志(裁判官) 4311693(6.44)
那須弘平(弁護士) 4988562(7.45)
竹崎博允◎(裁判官) 4184902(6.25)
近藤崇晴(裁判官) 4103537(6.13)
宮川光治(弁護士) 4014158(6.00)
※告示順、敬称略。◎は長官
(「最高裁裁判官国民審査:9人全員が信任」(毎日新聞、2009/8/31))
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