代理出産で生まれた子の母は−2
『向井さん夫妻代理出産の最高裁決定要旨』(読売新聞、2007/3/24)を読んで
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/kyousei_news/20070325ik07.htm
【最高裁判決全文】を読んでの考察。【代理出産で生まれた子の母は−1】の続き。
最高裁は次のように述べた。
したがって,我が国の身分法秩序を定めた民法は,同法に定める場合に限って実親子関係を認め,それ以外の場合は実親子関係の成立を認めない趣旨であると解すべきである。
私には『解すべきである』理由が分からなかった。
その前には次のように述べている。
実親子関係を定める基準は一義的に明確なものでなければならず,かつ,実親子関係の存否はその基準によって一律に決せられるべきものである。
これは、その通りかもしれないが、民法の規定は「一義的に明確」ではないと思われた。それを最高裁は「一義的に明確」と解釈したようである。民法が定めた場合に限って実親子関係を認めるのなら実親子関係を定める基準が「一義的に明確」ではない民法に欠陥がある、と解釈すべきだと思ったが、最高裁は、実親子関係を定める基準は「一義的に明確」なはずだから民法の趣旨は「一義的に明確」である、と解釈したようである。
では、民法が実親子関係を認めるのはどのような場合か。最高裁は次のように述べている。
(2) 我が国の民法上,母とその嫡出子との間の母子関係の成立について直接明記した規定はないが,民法は,懐胎し出産した女性が出生した子の母であり,母子関係は懐胎,出産という客観的な事実により当然に成立することを前提とした規定を設けている(民法772条1項参照)。
『母とその嫡出子との間の母子関係の成立について直接明記した規定はない』と述べている。だから解釈に頼ることになる。
【民法772条】は次の通りである。
民法(民法第四編第五編)
(嫡出の推定)
第七百七十二条 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
2 婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
最近では第2項が話題になっているが、最高裁は第1項の『妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する』を『懐胎し出産した女性が出生した子の母であり,母子関係は懐胎,出産という客観的な事実により当然に成立することを前提とした規定』と解釈している。私にはそうは読めないのだが、これに関しては判例があるらしい。最高裁は、続いて次のように述べている。
また,母とその非嫡出子との間の母子関係についても,同様に,母子関係は出産という客観的な事実により当然に成立すると解されてきた(最高裁昭和35年(オ)第1189号同37年4月27日第二小法廷判決・民集16巻7号1247頁参照)。
ここで述べられている。事件番号【昭和35年(オ)第1189号】(事件名:親子関係存在確認請求)の判決文には次のように書いてある。
事件番号【昭和35年(オ)第1189号】(事件名:親子関係存在確認請求)
なお、附言するに、母とその非嫡出子との間の親子関係は、原則として、母の認知を俟たず、分娩の事実により当然発生すると解するのが相当であるから、被上告人が上告人を認知した事実を確定することなく、その分娩の事実を認定したのみで、その間に親子関係の存在を認めた原判決は正当である。
どのような裁判か分からないが、被上告人(母?)が上告人(子)を認知しなくても分娩の事実があれば母子関係が成立するということだろう。「認知」を巡る裁判なのか参照法条として民法779条が記載されている。【民法779条】は次の通りである。
民法(民法第四編第五編)
(認知)
第七百七十九条 嫡出でない子は、その父又は母がこれを認知することができる。
懐胎し出産してなくても認知すれば母子関係が成立するのかな?と思うが、向井さんの裁判では触れられていなかったので、よく分からない。「認知」とは父親の認知のことを指すものだとばかり思っていたが母親の母としての認知も含まれそうである。しかし、勉強不足で、よく分からない。
さて、懐胎し出産した事実があれば母子関係が成立してしまうことは昭和35年の最高裁判決によって述べられていた。
再び、向井さんの裁判に戻る。最高裁は続いて次のように述べている。
民法の実親子に関する現行法制は,血縁上の親子関係を基礎に置くものであるが,民法が,出産という事実により当然に法的な母子関係が成立するものとしているのは,その制定当時においては懐胎し出産した女性は遺伝的にも例外なく出生した子とのつながりがあるという事情が存在し,その上で出産という客観的かつ外形上明らかな事実をとらえて母子関係の成立を認めることにしたものであり,かつ,出産と同時に出生した子と子を出産した女性との間に母子関係を早期に一義的に確定させることが子の福祉にかなうということもその理由となっていたものと解される。
強調表示させてもらったが『民法が,出産という事実により当然に法的な母子関係が成立するものとしている』は民法に明確な規定があるのではなく昭和35年の最高裁の解釈のように思われる。しかし、自分が懐胎し出産しているにも拘らず「私の子ではない」と言うことが許されないのは極めて常識的である。もしかしたら問題になっているのは代理出産した人が「私の子ではない」と主張した場合なのかもしれない。昭和35年の時点では、それは許されなかった。しかし、当時は代理出産はあり得なかった。最高裁は続いて次のように述べている。
民法の母子関係の成立に関する定めや上記判例は,民法の制定時期や判決の言渡しの時期からみると,女性が自らの卵子により懐胎し出産することが当然の前提となっていることが明らかであるが,現在では,生殖補助医療技術を用いた人工生殖は,自然生殖の過程の一部を代替するものにとどまらず,およそ自然生殖では不可能な懐胎も可能にするまでになっており,女性が自己以外の女性の卵子を用いた生殖補助医療により子を懐胎し出産することも可能になっている。
昭和35年の判例が現状にあってないことを述べているように思われる。それにも拘らず今回の最高裁は昭和35年の判例に従った。
代理出産が可能になった現在では民法が実親子関係を認めるのはどのような場合か、最高裁は続いて次のように述べている。
そこで,子を懐胎し出産した女性とその子に係る卵子を提供した女性とが異なる場合についても,現行民法の解釈として,出生した子とその子を懐胎し出産した女性との間に出産により当然に母子関係が成立することとなるのかが問題となる。この点について検討すると,民法には,出生した子を懐胎,出産していない女性をもってその子の母とすべき趣旨をうかがわせる規定は見当たらず,このような場合における法律関係を定める規定がないことは,同法制定当時そのような事態が想定されなかったことによるものではあるが,前記のとおり実親子関係が公益及び子の福祉に深くかかわるものであり,一義的に明確な基準によって一律に決せられるべきであることにかんがみると,現行民法の解釈としては,出生した子を懐胎し出産した女性をその子の母と解さざるを得ず,その子を懐胎,出産していない女性との間には,その女性が卵子を提供した場合であっても,母子関係の成立を認めることはできない。
結局、懐胎し出産していない女性を実母と認めない明確な理由は述べられていない。ただただ『一義的に明確な基準によって一律に決せられるべき』だから、認められないということらしい。私は『一義的に明確な基準』が無いから問題になったのだと思うが、最高裁は民法の解釈によって『一義的に明確な基準』が存在するものと判断したようである。
その後の(3)は、ネバダ州の確定判決は「民法が実親子関係を認めていない者の間にその成立を認める内容だから民訴法118条3号にいう公の秩序に反する」ので民訴法118条の要件を満たしておらず、日本では効力が無い、という内容のまとめが述べられている。(4)は「高裁の判決はダメ」という内容である。
(2)の最後で述べられた「立法による速やかな対応が強く望まれるところである」は立法府が無視するので意味がない。
補足意見で述べられた「特別養子縁組」については、向井さんが調べたところ、とても『特別養子縁組を成立させる余地は十分にある』とは言えない仕組みだったようである(参考:朝日新聞2007/4/11の記事、4/12の記事)。
長くなってしまったので、感想など書き足りなかったことは別に書こうと思う。
書いた。→【代理出産で生まれた子の母は−3】
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