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共謀罪を含む改悪組織犯罪処罰法は
【「共謀罪」法 衆参両院議員の投票行動(東京新聞 2017/6/16)】

いじめ自殺:川崎市水道局

『下級裁判例 事件番号「平成10(ワ)275」損害賠償請求』を読んで

 ブログに書くには遅すぎたような気がするが、数日前(2007/5/24)にいじめと統合失調症との因果関係を認めた判決があった(参照)。まだ残っている記事をリストアップすると代表的なのは次の通り。

  『「いじめで統合失調症」、広島地裁が因果関係認定』(読売新聞、2007/5/24)
  『いじめで統合失調症、同級生・市などに賠償命令…広島地裁』(読売新聞、2007/5/24)
  『いじめで統合失調症、元同級生らに賠償命令 広島地裁』(朝日新聞、2007/5/24)
  『いじめ判決:統合失調症に、元同級生らに賠償命令』(毎日新聞、2007/5/24)
  『統合失調症「いじめと因果関係」=広島地裁』(時事通信、2007/5/24)
  『「いじめで統合失調症に」 広島市などに賠償命令』(東京新聞、2007/5/24)

 画期的な判決だと思ったし、読売新聞の記事に載っている医師のコメントにも『画期的だ』とある(参照)が、【安全配慮義務:電通事件】のエントリーの時に作ったExcelファイル【安全配慮義務や労災に関する判例リスト(うつ病、いじめ)】の中でちょうど読み始めた判例(事件番号「平成10(ワ)275」)に「いじめ」と「精神分裂病(今は統合失調症)」というキーワードがあり、初めてじゃなかったんだ、と思ったら少し違った(追記:控訴審では統合失調症との因果関係を認めているように読める)。それでも争点が重要だと思ったのでブログに書いておく。

 eの自殺の原因については,自殺直前の遺書等がなかったが,eの作成した遺書1には,「私,eは,工業用水課でのいじめ,b課長,c係長,d主査に対する「うらみ」の気持が忘れられません。」などと記載されており,これに加え,いじめによって心理的苦痛を蓄積した者が,心因反応を含む何らかの精神疾患を生じることは社会通念上認められ,さらに,「心因反応」は,ICD−10第Ⅴ章の「精神症障害,ストレス関連障害及び身体性表現障害」に当たり,自殺念慮の出現する可能性は高いとされている(甲8)。そして,eには,他に自殺を図るような原因はうかがわれないことを併せ考えると,eは,いじめを受けたことにより,心因反応を起こし,自殺したものと推認され,その間には事実上の因果関係があると認めるのが相当である。
『下級裁判例 事件番号「平成10(ワ)275」』平成14年06月27日判決

 この中の「精神症障害,ストレス関連障害及び身体性表現障害」は「神経症性障害,ストレス関連障害及び身体表現性障害(F40-F48)」のことではないかと思われる(追記:控訴審で修正されている)が、その中に所謂PTSD(F43.1 外傷後ストレス障害)もある。この事件では精神科医の診断が揺れていて精神分裂病(以下では統合失調症と書く)と診断したり心因反応と診断したり境界性人格障害と診断したりしている。判決文を読んだ印象ではPTSDではないかと思ったが、判決でも統合失調症ではなく上の引用部分のように判断している。統合失調症だと思わなかったのは判決文に統合失調症の1級症状である妄想や幻聴などに関する記述がなかったからである。それでは、なぜ診断した精神科医は統合失調症だと思ったのか。実際に患者(e)を診断すればそう思える症状が見られたのかもしれないが、職場のいじめについての患者(e)の言葉を「妄想」と判断したのかもしれない。その後に「心因反応」と診断することもあったし、もしかしたら自殺直前には統合失調症になっていたのかもしれないので、診断した医師を責めることはできないが、職場のいじめについてのeの言葉を「妄想」と主張したのは、いじめ加害者である被告も同じだった。

2 争点
(1) 自殺の原因
ア 原告らの主張
(中略)
イ 被告らの主張
 原告a1が被告川崎市の申入れを断り,これにより工事費が増大したことは認めるが,このことで被告bら3名が原告a1に恨みなどを抱き,そのうっぷん晴らしをすることを考えたことはなく,また,そのためにeをいじめたことはない。
 eは,精神分裂病ないし境界性人格障害による妄想が生じた結果,被告bら3名からいじめを受けたと訴えていたものであり,いじめが原因で自殺したものではない。
『下級裁判例 事件番号「平成10(ワ)275」』平成14年06月27日判決

 冒頭で引用した2007/5/24の判決ではどうだったのだろうか。統合失調症患者の場合、実際にあった被害についての発言までもが「妄想」として扱われてしまいそうだから注意が必要だろう。
 さて、被告らの主張については次のような申し合せがあったらしい。

(5) 組合の事情聴取,被告川崎市による調査など
ア 組合は,hから,eが工業用水課においていじめを受けている旨の報告がなされたので,実態調査を行うことになった。これを知った被告bら3名は,「被害妄想で済むんだからみんな頼むぞ。」「工水ははじっこだから分からないよ(友達を何とかしないとな。)」「まさか組合の方からやってくるとは思わなかった。」などと,工業用水課の他の職員に対し,eに対するいじめ,嫌がらせはeの被害妄想であり,eを除く職員全員でいじめの事実を見聞したことはないと言えば,いじめはなかったことになる旨働き掛けるなどして,eに対するいじめの事実がeの被害妄想であると口裏合わせをするように働き掛けた。
『下級裁判例 事件番号「平成10(ワ)275」』平成14年06月27日判決

 これは「いじめ」の現場ではよくあることだろう。学校では、被害生徒以外の生徒、その保護者たち、教師による申し合せがあるかもしれない。
 川崎市水道局のケースに戻ると、被告らの目論見は組合による事情聴取に対しては成功したようだが、裁判では失敗した。

(2) 原告らは,eの死亡後,fに対し,いじめの事実の有無について質問したところ,fは,これを認めた。その後,fは,平成9年4月14日付けメモ(甲19。以下「fメモ」という。)を作成し,原告らに渡した。そのメモの内容は,以下のとおりである。
『下級裁判例 事件番号「平成10(ワ)275」』平成14年06月27日判決

 eがいじめられていた現場にいたfのメモが有力な証拠になったらしい。また、組合の事情聴取の際にeもメモを用意していて、一致する部分もある。
 そして横浜地裁は被告らの主張を次のように退けた。

9 被告らの主張に対する検討
(1) 被告らは,被告bら3名によるeに対するいじめの事実はなく,eは,精神分裂病ないし境界性人格障害による関係妄想,被害妄想が生じた結果,被告bら3名からいじめを受けたと訴えていたものである旨主張し,証人f,同g,被告b,同d及び同cの各供述及び乙9,10,12,13の各陳述書の記載中には,これに沿う部分がある。
 しかしながら,
(中略)
[5]eは,昭和63年4月に水道局に採用されて以来,真面目に勤務していたが,工業用水課に配転後2ないし3か月が経過してから,fに聞こえるように,「職場にいると息が詰まるし,気疲れする。」と独り言を言うようになり,半年後からは休暇も多くなり,しかも,合同旅行会後,被告dの前に出ると一層おどおどした態度に出るようになり,間もなくほとんど出勤しなくなってしまったものであり,このような経過に照らすと,工業用水課に配転後,eを精神的に追い詰めるような出来事があったと推認されること,[6]eは,合同旅行会後の平成7年11月30日,B病院で受診し,その後も通院していたが,同病院では心因反応と診断されており(eは,平成8年1月19日には,B病院の医師に対し,自己の病状が重くなっている気がする旨述べており,典型的な精神分裂病では病識がないとされていること(甲6)からして,少なくともその時点において精神分裂病に罹患していたとは認められないこと),その後自殺を企てるようになってから,精神分裂病あるいは境界性人格障害と診断されたものであり,しかも,同病院,日精病院,福井記念病院及びCクリニックで受診した際,一貫して,各医師に対し,職場において被告bら3名から受けたいじめによる不安,精神的苦痛を訴えていたこと,(中略)[8]fメモ及び同人から事情聴取した根本弁護士の手控えには,被告dがeに対し「むくみ麻原」と呼んでいたこと,ヌード写真を見せてからかっていたこと,合同旅行会において,ナイフを振り回していたことなどの記載部分があり,これらはeに対するいじめがなされた事実を裏付ける証拠となり得ることが認められ,これらの諸事情を併せ考えると,いじめの事実を否定する証人g,同f,被告b,同d及び同cの各供述等は採用できず,他にこれを覆すに足りる証拠はない
(2) 以上によれば,eに対するいじめはなく,精神分裂病ないし境界性人格障害により妄想が生じた結果,eが被告bら3名からいじめを受けたと訴えていた旨の被告らの主張は採用できない
『下級裁判例 事件番号「平成10(ワ)275」』平成14年06月27日判決

 eが工業用水課に配転したのは『平成7年5月1日付け』だから、それまでの長い勤務も評価されたのだろう。判決文には配転されるまでは『欠勤するようなことはなく,真面目に仕事に取り組んでいた』とも書いてある。

 再び因果関係に戻る。
 被告らはeについて『高校生時代から内因性ないし器質性の境界性人格障害ないし境界型精神分裂病を発症していた』と主張したようである。それも次のように横浜地裁に否定された。

10 被告bら3名のいじめとeの自殺との間の因果関係(いじめによって心因反応を生じること及び自殺との間の因果関係)
(1)(中略)
(2) この点に関し,被告らは,[1]eには,高校時代に2度の不登校,退学ということがあったこと,eの診療録を検討すると,eは,高校生時代から内因性ないし器質性の境界性人格障害ないし境界型精神分裂病を発症していたことがうかがわれ,これらは特に原因がなくとも発症するのであるから,仮にいじめがあったとしても,eの自殺との間に因果関係を認めることはできない,[2]eの自殺にはいじめ以外の要因が働いていることなどから条件関係すら認められないなどと主張するが,[1]の点については,前記のとおり,eは,水道局に採用されて以来,勤務態度は積極的であり,幸営業所時代には勤務評定でAの評価を得ており,工業用水課に配属された当初もいじめを受けるまでは真面目に勤務していたものであり,高校時代から境界性人格障害又は精神分裂病を発症していたことを認めるに足る証拠はなく,また,その余の点についても前記認定の諸事情に照らすと,いずれも採用することができない。
『下級裁判例 事件番号「平成10(ワ)275」』平成14年06月27日判決

 判決文を引用して長くなったが、いじめと統合失調症との因果関係が争点になる場合に被告側がどのように主張するかを想像するのに役立つ判例だと思った。リストアップすると次の通りだろうか。

  1. いじめはなかった。
  2. 本人はすでに発症していた。
  3. 本人の主張(いじめられた)は症状の一つである被害妄想。
  4. 本人の発症はいじめが原因でなく本人の脆弱性が原因。
  5. 本人の発症はいじめが原因でなく他のストレスが原因。

 被告側の「いじめは被害妄想」という主張は統合失調症のケース特有かもしれない。川崎市水道局の事例では「いじめがあったか?」が争点になったため脆弱性は主な争点にならなかったようだが、「ストレス−脆弱性」モデル(参照)が使われた場合(追記:控訴審では労災認定の判断指針に言及している)、統合失調症のケースはうつ病のケース以上に被告側は「本人の脆弱性が原因」を主張しそうである。

 ところで、ネットのあちらこちらを見ていたら「いじめは扁桃核を傷つける」という研究結果があったようなので、メモのつもりでリンクを張っておく。

【中日新聞:第4部・「科学的」に考える (1)画像 心が傷つけば脳にも傷がつく:いじめと生きる】

追記(2007/5/29):
 書き忘れていたことがあった。

(4) 過失相殺の規定の類推適用
  eは,いじめにより心因反応を生じ,自殺に至ったものであるが,いじめがあったと認められるのは平成7年11月ころまでであり,その後,職場も配転替えとなり,また,同月から医師の診察を受け,入通院をして精神疾患に対する治療を受けていたにもかかわらず,これらが効を奏することなく,自殺に至ったものである。これらの事情を考慮すると,eについては,本人の資質ないし心因的要因も加わって自殺への契機となったものと認められ,損害の負担につき公平の理念に照らし,原告らの上記損害額の7割を減額するのが相当である。

 「本人の資質」は本人の過失だろうか?
 過失相殺で7割を減額している(追記:控訴審にも『過失相殺の規定を類推適用して賠償額の調整を図るべき』とある)ということは、本人の責任が7割で、いじめた側の責任が3割と感じられて、違和感がある。

追記(2007/5/29):
 控訴審判決があった。裁判所のサイトには載っていないが、判決文を載せているサイトもある。黙ってリンクできないような感じなのでリンクはしない。
 控訴審は「東京高裁」、事件番号は「平14(ネ)4033」、判決日は「平成15年03月25日」。原告側の控訴も被告側の控訴も棄却。地裁判決文の一部を修正。

追記(2007/5/29):
 事件後の損害の拡大に被害者の心因的要因が寄与している場合に過失相殺の規定を類推適用できるとする最高裁の判例があった。

  【最高裁第一小法廷、事件番号「昭和59(オ)33」昭和63年04月21日判決】

 ただ、これは被害者に同情できない部分があるけれど、統合失調症など精神疾患の場合は被害者にはどうすることもできないのだから、過失相殺を類推適用することには賛成できない。この件に関しては専門家の間で議論になっているらしい。

追記(2007/5/29):
 事件後ではなく事件前の被害者側の特徴で過失相殺を類推適用する最高裁判例(追記(2007/6/3):「昭和63(オ)1094」は事件時の被害者の疾患で類推適用する判例で「平成5(オ)875」は疾患でも『慎重な行動を要請されている』わけでもない「首が長い」などの身体的特徴では類推適用できないとする判例)があるらしい。まだ読んでないが、リンクを張っておく。

  【最高裁第一小法廷 事件番号「昭和63(オ)1094」平成4年06月25日判決】
  【最高裁第三小法廷 事件番号「平成5(オ)875」平成8年10月29日判決】

 ただ、電通事件の最高裁判決では条件付きで類推適用を認めてない(追記(2007/6/3):加害者が被害を予想できて被害が生じないようにする裁量権があったことが理由で認めていない。ただ、その前に一般論として「昭和59(オ)33」を拡大解釈して被害の「拡大」だけでなく「発生」でも類推適用できるとしている)らしい。すでに読んでいるがそんな記憶がある。

  【最高裁第二小法廷 事件番号「平成10(オ)217」平成12年03月24日判決】

 混乱してきた。一番新しい判決は電通事件。


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