いつも聞き役です
「『さるコチ通信』(正式名称:猿も納得!コーチング通信) 【第69号】」を読んで
http://backno.mag2.com/reader/BackBody?id=200503040600000000118894000
次の部分(音声ブラウザで閲覧されることを想定して改行位置を変更しました)
ボランティアと言いながら、ともすれば自分たちの都合で生徒を動かそうとしたり、自分たちの合理性や効率性、理屈だけで物事を進めたりしてしまうことも無いとは言えません。
それを排除するには相手の意思を尊重し、相手のペースに合わせ、何より「相手の話に耳を傾ける」ことが重要だ、と考えていたのです。
これは、『話し掛けやすいオーラ』を発しているためか駅や街中でよく人に声を掛けられる著者が中学生の頃から始めたボランティア活動の際に自分自身に言い聞かせていたことらしい。そして次のようなことも心掛けていたようである。
また、ボランティアは先生や指導者ではないという立場を徹底し、「こうした方がいい」とか「これをしたらダメ」という指示・指導はしない。
頷きながら読んだ。
ボランティアに限らず、自分の都合や自分の理屈で相手を動かそうとしたり指導したりする人がいるだろう。また、相手の意思を尊重せず、自分の経験や知識に基づいて物事を進めてしまう人がいるだろう。相手は自分とも自分が今までに会った人達とも違う人だし、自分の経験と全く同じ状況は起こり得ない。だから、相手に合わせて、その時の状況に合わせて行動を選択する必要がある。そのためにも『相手の意思を尊重し、相手のペースに合わせ、何より「相手の話に耳を傾ける」ことが重要』になる。
実は私は福祉関連のボランティア活動をしたことがない。しかし、ある福祉施設で実習のため2週間くらいお世話になったことがある。その際にメルマガの著者と同じことを心掛けていた。と言っても、話し掛けてくれる人は少なかったので、私の場合は『話し掛けやすいオーラ』が出ていなかったのだろう。話し掛けてくれた人はただ好奇心に駆られて話し掛けてきたような気がする。(^_^;)
私は『話し掛けやすいオーラ』が出てないにもかかわらず聞き役になることが多いような気がする。最初は話し掛けにくくても、一度話し掛けると次回から話し掛けやすくなるのだろう。学生時代も昔の職場でも相手の話を聞いてばかりいたような気がする。自分のことを話そうとしないから結果として聞き役になってしまうのだろう。もう一つ、聞くだけになってしまう理由が思い浮かぶ。相手のために何かを話したいと思っても、言葉が思い浮かばなくて何も言えず、結局、相手の話を聞くだけになったことが何度もある。たまに言葉が浮かんでも的外れで役に立たなくて、結局、聞くだけにしたことがある。相手の話を聞く以外のことができなかったのである。そのような経験があるから役に立つ言葉を発せられるようになろうと勉強を始めたのだが、勉強したら「傾聴」が重要であることが分かって……。(^_^;)
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