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共謀罪を含む改悪組織犯罪処罰法は
【「共謀罪」法 衆参両院議員の投票行動(東京新聞 2017/6/16)】

安全配慮義務:ジェイフォン

『下級裁判例 名古屋地方裁判所 事件番号「平成15(ワ)2950」平成19年01月24日判決』を読んで

 久し振りに過労自殺関連の判決について書こうと思ったら、またもや名古屋地裁判決である。今回は原告敗訴の裁判。

 この裁判で原告を応援するサイトがあります。
  【小出さんを支援する会・ソフトバンク(旧ボーダフォン)過労自殺・損害賠償請求裁判】

 この裁判は「うつ病患者が病気を隠して就労し、異動後に自殺し、遺族が安全配慮義務違反を訴えた」ケースである。故意に隠していたかどうかは判決文からは分からなかったが、被告(東海デジタルフォン→ジェイフォン→ボーダフォン→ソフトバンクモバイル)は自殺した社員がうつ病に罹患して通院していたことを知らなかったようである。そのような状況で社員が業務によりうつ病を悪化させて自殺した場合にどのような判決になるか、その一例を知ることができる。

 争点は次の通り。

本件の争点は,以下のとおりである。
① Aのうつ病り患の有無,発症時期,程度及び経過
② Aの担当業務と本件自殺との間の相当因果関係の有無
③ 被告の安全配慮義務違反の有無
④ 損害額
『事件番号「平成15(ワ)2950」名古屋地裁判決』全文8ページ)

 被告はまずは「うつ病でなかった」と主張し、「うつ病だったとしても業務と自殺との間には因果関係はない」と主張し、「業務と自殺との間に因果関係があったとしても安全配慮義務違反でない」と主張している。弁護のパターンなのだと思うが、その内容を判決文で読むと怒りが湧いてくる。特に、被告の「うつ病であることを認識してなかったのだから、業務と自殺との間に因果関係はない」という趣旨の主張(全文26ページ)は論理的に異常だし呆れてしまった。全く関係ない第三者の私でさえ腹が立つのだから、裁判で被告の弁護人に攻撃されていた遺族は…。判決は「Aはうつ病に罹患してして、業務と自殺との間に因果関係はあるが、被告に安全配慮義務違反はない」ということだった。

 まず、自殺した社員Aさん(小出堯さん?:参照)がうつ病になったのはケンウッドから東海デジタルフォンに出向した時で、望んでなかった出向だったらしい。その発症の責任に関しては「訴える相手が違う」という感じで一蹴されている。
 通常業務とうつ病の増悪との関係については、うつ病患者であることを前提にしてない判決内容だったように思う。それでも業務と自殺との間に因果関係を認めたのは、自殺直前の異動に問題があったと判断したからである。しかし、被告に安全配慮義務違反はなかったという判決だった。
 争点③の安全配慮義務に関する判示は次のような流れである。

 まずは、一般的に異動の際の安全配慮義務について。

 一般に,使用者は,その雇用する労働者に対し,当該労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことのないように注意すべき義務(安全配慮義務)を負う。そして,使用者が労働者に対し,異動を命じる場合にも,使用者において,労働者の精神状態や異動のとらえ方等から,異動を命じることによって労働者の心身の健康を損なうことが予見できる場合には,異動を説得するに際して,労働者が異動に対して有する不安や疑問を取り除くように努め,それでもなお労働者が異動を拒絶する態度を示した場合には,異動命令を撤回することも考慮すべき義務があるといえる。
『事件番号「平成15(ワ)2950」名古屋地裁判決』全文81ページ)

 そしてAさんの異動について。

 ところで,上記1(10)認定のとおり,Aが本件異動を拒否していた理由は,業務内容が異なり業務量が過大であることや,通勤時間が長くなることであったが,通勤時間については,Aにおいて,第1次通勤手当申請から経路を変更して第2次通勤手当申請を行っていることから,十分な説明と対策を講じたといえるし,業務量や業務内容に関する説明については,佐川物流との業務委託内容の変更の詳細まではAに伝えられなかったものの,業務委託内容の変更により,業務内容が見直され,業務量が減少することは説明されていたといえる。以上からすると,本件異動の説得状況は,うつ病などの精神疾患にり患しておらず,通常の精神状態にある者に対するものであったならば,当該労働者の精神状態を著しく害して自殺等の結果に至ることを予見できるようなものであったとまではいえない。
『事件番号「平成15(ワ)2950」名古屋地裁判決』全文82ページ)

 Aさんがうつ病患者でなければ正当な異動命令だったということである。それはその通りだろう。だから次のようになる。

 したがって,詰まるところ,被告は,本件異動の打診をした当時,Aがうつ病(若しくは自殺を惹起する可能性のあるその他の精神疾患)にり患していることを認識していたか,又は,認識することが可能であったことを前提にしなければ,本件異動命令や本件異動の説得状況により,Aがうつ病を悪化させて自殺に至るという結果について予見をすることはできなかったといえる。
 そこで,以下,被告が,Aに対して本件異動の打診をした当時,Aがうつ病にり患していることを認識していたか,又は,認識することが可能であったかについて検討する。
『事件番号「平成15(ワ)2950」名古屋地裁判決』全文82ページ)

 これがうつ病など精神障害を隠して就労することのリスクである。精神障害を認識してもらわなければ適切な配慮は望めないし、自殺などの最悪の結果になったとしても会社を責めることができないということである。労災認定は少し違うと思うが安全配慮義務に関しては、諦めるしかないのかもしれない。
 その後に名古屋地裁は被告がAさんのうつ病を認識できたかどうかを検討し、次のような結論を出す。

被告は,本件異動の当時,Aがうつ病にり患していたことを認識していたとはいえず,また,これを認識することが可能であったということはできない。
『事件番号「平成15(ワ)2950」名古屋地裁判決』全文84ページ)
 したがって,Aのうつ病り患に関する被告の認識及び認識可能性を認めることができない本件において,Aの自殺について,被告の安全配慮義務違反を問うことはできない。
『事件番号「平成15(ワ)2950」名古屋地裁判決』全文85ページ)

 さて、ではAさんがうつ病だったことを本当に認識できなかったのだろうか。控訴審では、それが一番重要な争点になるのだろう。認識できるか否かについては、うつ病患者と交流した経験があるか否かで変わるような気がする。Aさんが自殺した当時は被告には認識できなかったかもしれないが、判決文を読んでいて少し気になることがあった。
 主に被告の主張を参考にして考察する。

Aは,本件出向時である平成6年4月から被告が開業した同年7月までの間の4か月間において,82日しか勤務していなかったのであって,2日働いて1日休むという状態にあり,休養を十分にとっていた。
『事件番号「平成15(ワ)2950」名古屋地裁判決』全文30ページ)

 たしかに十分に休養をとっていたように見えるが、『4か月間において,82日しか勤務していなかった』『2日働いて1日休む』というのは通常では考えられないような気がする。時間外労働も少ないので、うつ病などの病気で十分に働けない状態だったのではないかと想像できる。また、その後(全文32ページ)に『Aの労働時間は,我が国における平均的な会社員のそれに比べて,非常に短い部類に含まれるといえるし,休日出勤も,ほとんどしていない』と述べていることから、やはり「異常」と認識できたような気がする。ただ、「出向」という状態だったので他の出向労働者でも同じなのかもしれず、よく分からない。

 Aは,平成7年ころは,ケンウッドへの復帰を望んでいたが,平成9年1月に被告に提出した平成8年度の自己申告表には,継続して被告で勤務したい旨を記載するなどしていたのであるから,ケンウッドから被告へ転籍したことは,Aに心理的負荷を与えるものではなかった。
『事件番号「平成15(ワ)2950」名古屋地裁判決』全文35ページ)

 これも、気になる。Aさんは東海デジタルフォンへの出向について、『技術者として働きたいにもかかわらず,ケンウッドの社長からほとんど脅される形で本件出向を命じられた』(全文75ページ)と担当の精神科医に述べていて、出向をリストラと考えていたらしく、ケンウッドに戻れるものならば戻りたかったはずである。それなのに出向先に転籍して同じ仕事を続けることを選んだことから、業務内容が変わることによるストレスを避けたかったのだろうな、と推測できる。同じことが自殺のきっかけとなったc保守センターへの異動についても言える。

 そして,本件異動をAに打診すると,Aが本件異動を拒んだため,BとNは,c保守センターにおける業務量が大幅に減少する予定であることなどを説明し,再三の説得を試みた。しかし,Aは,本件異動を執ように拒み,Nと話し合っていた際に,激こうして,Nに対し,「自分を辞めさせたいのか。」と何度も繰り返した。これに対し,Nは,そのようなつもりはない旨を述べたが,Aが本件異動を執ように拒むため,Nは,あきれ果てて「勝手にしたらいいではないか。」と告げたことがあった。また,同様に,Aは,Bに対しても本件異動を執ように拒んだため,BがAに「Aさん,甘えているんじゃないの。」と言ったことがあった。ただし,BとNは,上記のやりとりにおいて,Aに対して「嫌なら辞めろ。」と言ったことはない。
 なお,本件異動は,降格や賃下げを伴うものではなかった。
『事件番号「平成15(ワ)2950」名古屋地裁判決』全文37ページ)

 Aさんの拒み方はNさんが『あきれ果てて』しまうほどの執拗さだったことから、やはり「異常だ」と認識できる。業務内容が変わることによるストレスを避けるためだったかもしれず、また『「自分を辞めさせたいのか。」』という悪く考える思考や、被告は知らなかったらしいが『原告Fに対し,「会社で異動に伴う業務の件で頭にきた。いやならやめろとの暴言をうけた!」と携帯メールを送った。』(全文60ページ)というのも、もししたらうつ病の症状だった(他の病気の可能性もあるが、名古屋地裁は直接診察した医師の診断を重視する方針らしい(全文71ページ))かもしれない。ただ、c保守センターが『倉庫様建物の一角に設けられた』『がらんとした感じ』(全文64ページ)だった(前任はOさんとPさんの二人だったが後任のAさんは一人だった)ことから、私の知人がうつ病を発症した環境に似ていて、しかも『業務量が大幅に減少する』ということと合わせると、部外者の私にはリストラの一環のように感じられて、嫌がる気持ちは分かる。重要な仕事だとは思うが…。
 書き忘れるところだったが、うつ病であることを認識されてない状態で執拗に拒むと、『「Aさん,甘えているんじゃないの。」』と言われることになる。異常な状態が「甘え」と解釈される。

 c保守センターでのAさんの行動も気になる。

Rの証言によれば,Aが1日に10回くらい,ふらっと喫煙のために席を外して,一度席を立つと,10分くらい戻ってこなかったことが認められるが,Aがそれほどの回数及び時間を喫煙に費やしていたのであれば,Aには一定の時間的余裕があったといえる
『事件番号「平成15(ワ)2950」名古屋地裁判決』全文62ページ)

 精神病患者にはヘビースモーカーが多いということを聞いたことがある。私やうつ病患者や統合失調症患者と会議のようなことをしたことがあるが、彼らは会議の途中で頻繁に席を外して、しばらくの間喫煙していたように思う。会議終了後もしばらくの間喫煙していて、なかなか帰りそうにないので私は先に帰った。判決文で『それほどの回数及び時間を喫煙に費やしていた』と言われるくらいの喫煙量だったとしたら、もしかしたら「異常」と認識できたかもしれない。

 c保守センターでの「延長コード」や「ロッカー」の件も、「我が儘」のように見えるが、Aさんがうつ病を発症していたとすると気になる行動である。Aさんは『Aのパソコンは,Aが平成14年12月5日に自ら延長コードを持参したことにより,被告のホストコンピューターに接続することが可能になった』(全文63ページ)2日後の7日に自殺する。c保守センターでのAさんの様子を想像すると「孤独」「寂しさ」というキーワードが浮かんでくる。

 最後にAさんの自殺の様子について。

 Aは,平成14年12月2日(月曜日),c保守センターにおいて正式に勤務し始め,同日と同月3日は,午前9時から午後5時50分まで勤務し,同月4日と同月5日は,午前9時から午後7時まで勤務し,同月6日(金曜日)は,午前9時から午後5時50分まで勤務した。
 Aは,平成14年12月7日(土曜日),自宅の和室において,首をつって自殺したが,自殺する前,上記和室の押し入れから扇風機などを取りだして,上記和室の至る所に物を散乱させ,上記和室を荒らしていた。
 Aは,遺書を作成していなかった。
『事件番号「平成15(ワ)2950」名古屋地裁判決』全文65ページ)

 和室を荒らしたのはなぜだろうか。単に暴れたのではなく押し入れの中から物を取り出して散乱させている。「延長コード」と同様にc保守センターで使う道具を探していたのだろうか。そして見つからなかったのだろうか。想像すると寂しさのようなものが感じられる。もちろん、泥棒のような外部の者による犯行は否定されているのだろう。

 この裁判はうつ病患者が病気を隠して就労しているケース。雇用者はその人が自殺しても「仕方がない」と思うしかないのだろうか。それとも自殺されないような仕組みを考えるべきなのだろうか。うつ病患者の雇用がテレビで特集されるようになった昨今、安全配慮義務について考えさせられる裁判である。

追記(2007/8/14):
 他にも精神障害者の就労と安全配慮義務について考えさせられる判決があった。

『下級裁判例 大阪地方裁判所 事件番号「平成17(ワ)5021」平成19年05月28日判決』

 十全総合病院麻酔科の女性医師(当時28歳)が麻酔薬を静脈内に注射する方法で病院内で自殺したケース。自殺した女医は高校生の頃から「てんかん」を患っていて病気を隠したまま研修医として働く。勤務中に発作で倒れて「てんかん」を指導医であるF医師に知られ、2度目の発作で病院中に知れ渡る。さらに勤務を続けて「うつ病」(F医師の判断)を発症し、治療を拒否したり失踪したりして最後に自殺する。
 判決文を読んでいろいろと書きたくなったが、控訴審判決の後に覚えていたら書くことにする。一言だけ感想を書いておくとしたら、「F医師を責めることはできない」である。

追記(2007/8/31):
 「知らなかった」では済まないという判決を既に読んでいた。

 【安全配慮義務:オタフクソース】

 通常では考えられない言動があった場合、『Aの心身の変調を疑い、同僚や家族に対してAの日常の言動を調査して然るべき対応をすべきであった』ということで、それを怠ったら「安全配慮義務違反」ということらしい。ただ、オタフクソースの事例の場合、Aのいつもの状態とは異なるのを見て心身の変調を疑うべきだったと解釈するのかもしれず、うつ病を罹患したまま就業した場合はいつもの状態が「うつ病」なので、「うつ病だったことに気付くべきだった」というより、いつもの状態とは異なる(=うつ病の悪化による)言動があった場合に、『同僚や家族に対してAの日常の言動を調査して然るべき対応をすべきであった』となるのかもしれない。

追記(2013/10/17):
 この裁判は安全配慮義務違反に対する損害賠償請求で原告が敗訴しているが、2009/6/2に控訴審で和解が成立しているらしい(参照)。
 この裁判とは別に労災の裁判「遺族補償年金不支給処分取消請求事件(通称 名古屋西労基署長遺族補償不支給処分取消)」があり、そちらは原告が地裁で勝訴し、国は控訴を断念したらしい。
【事件番号「平成21(行ウ)89」平成23年12月14日名古屋地裁判決】
【ソフトバンクモバイル過労自殺裁判】


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たかのり

今回このジェイフォン(現ソフトバンク)の裁判のことを書いていただきありがとうございます。私はこの裁判の原告の息子です。父は本当に無念だったとおもいます。会社は嘘の証言ばかり、そして都合のいい証拠を並べ不利になるものは覚えていないか、もう今はないかのどちらかです。本当の真実がかき消され裁判所までが会社のいい分しか認めず私たち家族の証言も全く採用しませんでした。しかし高裁で真実を明かにし、必ず勝訴します。真剣にこの問題を冷静な目でみていただいて、貴重な意見本当にありがとうございます。涙がでました。この意見も参考にして一生懸命がんばって闘いぬいていきます。是非応援よろしくお願いします。ホームページを立ち上げましたので是非見てください。
http://www.koidesaiban.jp/
by たかのり (2007-08-29 01:36)
by たかのり (2007-08-29 07:47)

正己

たかのりさん、コメントありがとうございました。
(URLの所で改行するためにコメントをコピー&ペーストさせて頂きました。m(_ _)m)
「小出さんを支援する会」へのリンクをエントリーに追加させていただきました。
ジェイフォンは「気付かなかった」「知らなかった」で済ましてはいけないような気がしました。「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」もあり、うつ病を発症した従業員が自殺するかもしれないことは周知されていたはずだから、うつ病を隠して就労している人がいる可能性を考慮して従業員の健康に配慮すべきではないかと思いました。
私のエントリーは原告の皆さんには厳しいものだったかもしれませんが、病気を隠して就労している人が多いらしいので、その人たちが安心して働ける社会に向けて、原告勝訴の判決を願っています。
by 正己 (2007-08-29 08:09)

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